読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブログフォーミー

頭の中の整理とストック用

支社勤務を希望した理由

最近、僕に無関心な親にさえも「あんたは何を考えているかわからない」と言われるようになってきたので、自分の意思決定の理由やプロセスをブログにのせられる範囲でのせていきたいと思います。

 

今日は新卒時の話。

僕は新卒で広告代理店に入りました。

 

それはそれは大きい会社で、東京本社、関西支社、中部支社、その他もろもろとあります。中部支社はいわゆる名古屋支社です。

 

新卒で入社後、1〜2ヶ月くらいの研修を経て、その研修期間中に適性をみられ、そして各個人の希望との兼ね合いをみて?各部署に配属されます。

 

8割強ほどが東京本社、1割が関西支社、もっと少ない割合で中部支社に新入社員は配属されます。(今は知りません)

 

出身が関西や名古屋でない限り、ほとんどの人が東京本社への配属を希望します。大きい案件は本社案件であることがほとんどというか全部?くらいですし、東京ライフをエンジョイできるしと、まぁふつーは東京本社希望を出しますよね。ほとんどの人はそこで働いているわけですし。

 

ぼくは東京生まれで、小学校〜高校が群馬県で、東京生まれの自負があり、小さい頃からなんで自分が群馬に引っ越さないといけないんだと思っていました。家の周りとか登下校の道は動物の堆肥の匂いがすごいし。そして、勉強は好きだったのと幼稚園の同級生がどこどこの進学校に行ったみたいのを聞いていたので、少年野球やって変に野球を頑張っていなければ、中学から都内の進学校にいきたいとか思っていました。結局、高校までは群馬県で過ごし、大学はもちろん都内の大学にと思ったのですが、幸か不幸か関西の大学に進学しました。

 

大学時代の話は置いておいて、そんな経緯があったので、絶対に社会人からは東京で働く!と思って、東京勤務の会社しか就活しなかったのですが、いざ東京で働く、厳密にいうと研修を東京で過ごしてみると、

 

・電車通勤がつらい(今までは自転車か原チャ)

・実家での生活は息苦しい(家族が東京に戻ってきていた)

 

というのが生活的要因としてあり、

 

・いい会社に入れて、満足している自分がいる(なんだかんだ、待望の東京生活を手に入れたので)

 

というのもありました。

 

そりゃ調子にのりますよ。片田舎から住む世界を変えたい、貧乏いやだ!と思って、ガリガリ勉強して、いい大学入って、学生生活を充実させていい会社入るために、楕円を放り投げたり、肩抜けたりして手にした世界ですもん。

 

上記のような理由に加えて、広告のここの領域は任せておけ!的なキャリアよりも全般的になんでもわかるようになりたいという思いが強かったので、本社で段階的に仕事の裁量が広がるよりも、支社で早い時期から大きな裁量を持って働きたいと思っていました。大きい企業にいる方ならわかると思いますが、どうしても大きい組織だと歯車的な働き方になってしまうので。

 

当時、というか今もだと思うんですけど、中部支社出身の有名プランナーの方が中部支社の良さを研修の座学で話してくれたり、OJT研修先の上長が中部支社出身で、若い頃からいろんな経験を積めたという話を聞き、これは中部支社だ!と思っていました。

 

なぜ、関西支社ではなかったのかって?それは、大学時代に関西一通り見れたのと、名古屋は住んだことがなかったから。あとは大学時代があまりにも辛かったので、関西での日々を思い出したくなかった(部活動です)。といったのが理由です。

 

そんなこんなで、中部支社を第一志望にして、見事、名古屋に配属されました。

 

何より、3〜5年したら本社に戻れると思っていたという理由もありますが。

 

3〜5年で本社に戻れるという勝手な勘違いが発覚したのが、名古屋に配属されて、同期と一部の先輩との名古屋歓迎会の席で、ベラベラと理想のキャリアとかやってみたい仕事を自己紹介がてら、

 

「早めから裁量をもっていろんな仕事がしたいと思い、中部支社に希望を出しました!3〜5年、中部で経験した後に本社に戻った方が本社にずっといるよりも成長できると思うし」と先輩に話すと、、(ry

 

結論から話すと、もう少し長く名古屋で頑張らないと本社には戻れないとのことでした(^^)

 

今はだいぶ状況は変わって、早くに本社に戻れるようですが、そんなわけで名古屋に配属して頂きまして、

 

思い通り?かなーり裁量を持たせてもらい、いろいろ学ぶことができました。

 

メディアの部署で、主に電車の中吊りとか駅のポスターなどの交通広告を担当していたのですが、目と鼻の先に他メディアの部署、階段を一つとか二つ登り降りするだけで、クリエーティブやプランニング、営業さんの部署があったので、時間を見つけてはどんな仕事をしているかなどを聞いたり、教わったりしていました。

 

本社だと総務の部署に丸投げするような作業も自分でやったりしていたので、会計とか、その他もろもろの作業も覚えたと思います。営業も一回チャレンジできたかな(苦)あとは2年目くらいから9割以上の作業を協力会社さんに協力してもらいなが、一気通貫して自分一人でやっていたり、一人で全国の屋外、交通からルートメディアやバルーン広告とかいろんなのを扱えるようにはなりました。

 

おかげで転職後は、出版社で記事広告の商品作ったりと、名古屋での知見?経験?が活かされました。

 

結果、

電車通勤がつらい(今までは自転車か原チャ)

名古屋は東京ほど満員電車ではないし、電車使わなくても通えた。

 

実家での生活は息苦しい(家族が東京に戻ってきていた)

名古屋で一人暮らし

 

いい会社に入れて、満足している自分がいる(なんかだんだ、待望の東京生活を手に入れたので)

会社の同期以外、友達いないので、土日は自己研鑽するしかない

 

大きい組織だと歯車的な働き方

裁量大きく、いろいろ一人で任せてもらえた。

 

ということで、思惑通り、充実した支社生活を過ごせたのであります。

 

 

執筆予定時間を過ぎたので、今日はここまで。