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新卒3年目くらいの後輩からのキャリア相談が増えた

こんばんわ。

五臓六腑パンです。

 

ブログなんぞ書いている場合ではないのですが、to C事業を進めるにあたりいろんな人に会おうと思うと、まずは手短な同僚や後輩などになるのですが、会うと大体キャリア相談されることになるのが多々であり、大体傾向が出てきたので、ここに記したいと思います。同僚は後輩といっても、いいとこの大学出て、いっぱしの企業に入ってるような人ばかりなので、あえて口調強めに書いていきます。

 

Q1:今の会社で○○をやろうと思って入社したんですけど、できないんです。

 

よくありますね。日本の○○を△△したくて、うちの会社に入ったんですけど、実際入ってみると・・・

 

主に大企業などに就職した新卒2〜3年目くらいの子たちから言われる相談なのですが、大体僕が答えるのが

 

A:やりたい事業、企画に関する企画書を書いて、担当の上長なりに提出しましょう

 

大概のひとの場合、近い将来、○○に携わりたいとか言いながら、何もアクションしてないことが多いですよね。それはその人が悪いのではなくて、まわりにそういったアクションを起こす同僚・先輩がいないから。

 

いい大学出て、いい会社入って、優秀とか扱われていた若者がいつの間にか(以下、略)

 

やりたいことがあって、そこに携われる会社に入社したにも関わらず、すぐそこに、そのやりたいことがあるにも関わらず、何もしていないのはやりたくないのと一緒だと思います。

 

ということで実際に企画書を書こうと思っても、どうやって企画書を書いたらいいかわからない。事業計画書も書けない。となると、その人は現段階では、0から何かを起案する力がないわけです。0から起案する能力がなくても、その「やりたいこと」はできるはず。では、どうすれば、その部署なり企画に入れてもらえるか聞きましょう。誰に?そこの上長に。直接なりメールなりなんだって方法はあると思います。そんなことできない!っていうあなた。もしもその「やりたいこと」のリーダーがあなただとして、能力も高くなく、自分から声もかけられない若手がいたら手を差し出しますか?最近は残業も厳しくなって、それどころじゃないのに。上司もそんな余裕ありません。なので、頑張って「これやりたい」と言いましょう。

 

まぁ要は、そのやりたいことをする為に何かしらのアクションをすることにより、次になすべきか少し見えてきますよね。

 

そもそも、「そんな企画書書いたら、道が開けるような風土じゃないんです。」と考えるあなた。はじめて、ここで転職という選択肢が出てくるのではないかと思います。ただ、Q1の動機にも関わらずA1のアクションをせずに転職活動するのは、今まで新卒で大した能力がないにも関わらず高い給与と肩書きをくれた会社に対して不義理だと思います。たかが会社といえど、少なからずの人間関係はあったかと思います。長い人生、信頼はお金よりも価値があると思いますので、大切に義理堅くいくことをおすすめします。

 

Q2:今のままだとヤバいと思っているので、転職しようかと思うんですけど、どう思いますか

 

危機感を持つことは素晴らしいですし、次のアクションの選択肢を具体的に考えているあたりは良いと思います。ただ、自分が何を求めていて、何が欲しいから転職するのか。その転職は長いスパンで考えたときに"今なのか"というのがわかっていないと、数年を無駄とまではいいませんが、もったいないものにしてしまうと思います。

 

日本で転職が一般的になったのも、ここ最近ですし、転職のサイクルが短くなってきたのも、もっと最近なので、気の利いたアドバイスをくれる方はあまりいないと思った方がいいです。それ故に慎重に考えた方がいいと思います。

 

A:転職検討先の人に話を聞くのではなく、実際にボランティアでもインターンでもいいので働いてみましょう

 

僕はここ数年の反省から、百聞は一見にしかずどころか、十見は一働にしかずだと思っています。営業から企画職をやりたいといっても、自分が実際に企画に向いているかとか、ひとえに企画といっても、どの部分で、どの位置づけで企画をやりたいのか、どうやって企画をしていると楽しいかというのは、打ち合わせに同席するなり、1タスク頼まれてみないとわからないと思います。大概の転職は、そこの人事なり偉い人と話して仕事内容聞いて、内定出たら転職かと思いますが、同じようなプロセスで新卒の就活をミスってる?わけですから、同じわらじをなんちゃらですよね。同じわらじを踏まない為にも、1タスクでもいいので、友人や知人に頼んで具体的なタスクを、疑似体験でもいいのでした方がいいと思います。

 

僕は結局、広告3年、教育ベンチャー1年、NPO1年半と、新卒から6年の間で3社経験し、どれもバラバラ。で気づいたことは、「両足つっこまないと見えないものだらけだけど、片足さえ突っ込んでおけば、全然ちがったな」というのが率直な感想です。

 

業種などはバラバラですが、その時その時に欲しかったビジネススキルを取りに行くことを意識していたので、今となってはオールラウンドにできて、悪く言えば専門性はないですが、なんでも自分ひとりでできるようにはなりました。ただ、僕みたいなタイプは専門性を求められるところでは使い物にならないですし、逆にいろんなことをすることが求められるところには重宝すると思います。

 

広告3年では広告全般が一通りわかるようになりたいと思って支社勤務を希望して、実際自由にいろんなことをさせてもらい。その後のベンチャーでは商品開発とか事業開発に携わらせてもらい。あとは財務だけが全然だなというところで、NPOでは財務を頑張ってやって的な感じで。そんな中途半端な感じでやっていっても留学してキャリアをやり直す準備していたりと。けど、MBA取るにしても経営を浅く広くを経験してしまったので、あまり得策じゃない。何するか。全部自分でいろいろやれる起業だな、という次第でございます。

 

上手いことまとめてやった的な感じでは言っていますが、かなり行き当たりばったりで後付けで肯定している部分もあるので、あまり参考にならないとは思いますが、僕みたいに行き当たりばったりでもなんとかやれる自信がないあなた。まずは企画書を書いて、自社内でできる限りのアクションをし、それでも転職してキャリア積み上げたいなら、1タスクでもこなして片足突っ込んでから考えましょう。それからでも遅くないですし、逆にいうと早くアクションしないとあっという間に年齢重ねて理想のキャリアから離れていきますよ。

 

と、ドヤりましたが、絶賛自分の事業モリモリしているので、僕がどんな事業をつくっていくか興味ある方はクラファンお申込みください^^ ほな

 

心のゆとりと部活動

なんか最近、積極的にいろんな人と会うようにしているんですけど、そんな中でも「なんで、あの人には余裕がないんだろう(心の余裕)」と思ったので書きます。

 

結論から言うと、「自信がないから」になるんですけど、部下から失敗の報告を受けて、部下に対応を押し付けてしまうとか、管理職なんだけど部下から相談がないとか。その人が忙しい時とか、強いプレッシャーにさらされている時は、他者に対して冷たくしてしまうとか。やたら、スケジュールを詰め込んで忙しくしていたりとか。いい会社に就職しなきゃとか。まぁまぁいろんな形の余裕のない事例があるんですけど、なんでなんだろうなと思ったんですよね。

 

んで、割と心に余裕のない状態の事が多い人の特徴とか、その人と話した時の事を思い起こしてみると、大概の場合、自分に自信がなかったり、コンプレックスを抱えていたりする人が多いなぁと思ったんです。そりゃ誰でも、自信があるわけでもないし、コンプレックスがないわけでもないんですけど、「まぁこんなもんでいっか」と自分自信に対して承諾できていない人は心に余裕がなくて、他者に対して冷たかったり、攻撃的になってしまっているんではないかなーと。

 

たとえば、南国の人は北国の人に比べて、楽観的で心にゆとりがある人が多いイメージがありますけど、「こんなもんでいっか」という雰囲気を感じること多いじゃないですか。(僕は勝手にそう思ってるんですけど)あ、自信と心のゆとりの相関関係を書こうとしているのに、かなり脱線しそうなので、この段落はここでやめます。

 

まぁその、アラサーになるにあたり、自分の人生とか、幸せとは何かとかを考える機会が多かったり、まわりも考え始めたりするんですけど、けっこうここで二手に分かれ始めていて、「もう、このままの既定路線の延長線上で生きていければいいや」というAさんと、「いや、まだやり残していることがある。どうしよう」みたいなBさんでまわりも分かれ始めています。

 

ある種、Aさんは現状に満足していて、Bさんは満足していない。満足できている人は、自分に自信があるとまではいかなくても、自分に対して肯定的で、後者は否定的。

 

たぶん、自分はこのままでいいんだとか、ありのままの自分を受け入れることができないんだなと思います。(良いか悪いかの議論は置いておいて)なんで、受け入れられないかというと、まわりの人と比較をしていたり、自分の中で納得のいく人生を歩めていないからであって、言い換えると自分の人生に自信がない。自分の能力やキャパに自信がないからなんだろうなと思います。

 

自分の能力やキャパに自信があれば、どんなことを言われても、冷静に対応できるし。自分の人生に自信があれば、まわりにどんな人がいようと、何くわぬ顔で日々の生活を過ごしていけるし。

 

そんなことを考えていた中で、中学・高校でおこなう部活動って、そんな不満やモヤモヤを救うクッションの役割もあるんだなーと思ったんです。

 

僕は高校で野球3年間頑張った。中学生の頃は吹奏楽やっていました、とか。別に今の仕事はまあまあだけど、小さい頃とか学生の頃に頑張っていた時間が糧となって、お酒の肴にもなって、その人の自己肯定感を支えていることってあるじゃないですか。むしろ、学生時代の部活動がその人のアイデンティティだったりする人も多いじゃないですか。

 

学生時代に何かに打ち込んだという事実というか自信によって、その人のその後の人生の他のことは諦めがつくというか。その分、余分な煩悩や野心なんかに振り回されず、自分とまわりの人の幸せを願いながら過ごせるなーと。

 

意地悪な言い方をすると、学生時代に頑張ったゆえに、その後はあんまり頑張らなくてもいいやという人ばかりだと、よくない部分もあるかもですけど。

 

そんなことを考えると、中学生の頃の坂道ダッシュは、10年後、20年後、30年後の心のゆとりをつくるためのトレーニングなのかもしれませんね。

 

そして、もしも中学高校時代とかに部活動がなかったら、「僕は、私は、○○を頑張ったから、あとの人生は気楽でいいや」と思える機会が減って、なんというか卑屈な人や野心に溢れる人が増えるのかな。

 

部活動には、そんな役割もあったのか、と思った話でした。

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ドヤ顔の心理とその理由

東京と群馬の二拠点生活も、もうすこしで3年目に入ろうとしていますが、気づいたことがあったのでここに記したいと思います。

 

群馬はドヤ顔の人が多い。

 

これに気づいたのはいつものように、鈍行で3時間かけて東京から群馬に向かう電車内でのことでした。東京から離れ、群馬に入るにつれて車内の人々の顔が自信に満ち溢れていく。正確にいうと、おしゃれした格好で自信にあふれた表情の中高生が増えていく。ここで、「それは自信とかじゃなくて、おしゃれしている優越感というか嬉しさとか、そういう話だろ」とのツッコミが入るかと思うのですが、それってドヤ顔ですよね。人の表情からその人がどんな感情を抱いているかを推測・読み取るのが僕の趣味なのですが、恵比寿らへんの中高生が休日に少しおしゃれして山手線を乗り換える表情とそれはまたちがうのです。これは中高生に限った話ではなく、大人でも一緒で、何かと商売の話を地方の人とする時にドヤ!で迫られる事が多く、それは東京の大企業の人から高圧的にドヤ!と来られるのとはまた種類がちがうのです。(ただ、ここで大人の場合は東京・地方というよりも、会社員・自営業の差があるかもしれません)

 

とにかく、そんなことを電車内ではっとしたのですが、なんでかなーと考えての結論が、

 

競争にさらされていないから

 

休日にうきうきしている中高生をいじめるつもりなどは全くないのですが、彼らの横に本当にお洒落な同世代の人がいたらどうなのでしょうか。「これがうちの商売だ」とおっしゃる地方の方は東京で商売できるのでしょうか。(批判じゃないですよ笑 疑問です笑)

 

ドヤ顔の心理は、相対的に自分が優位だと感じることに起因することだと思います。もしくは自分を優位に立たせたいときに、そのような表情になる。逆にいうと、自分が相対的に優位だと思えなければ、ドヤ顏の表情は出せない。

 

地方はどうしても人口の母数が少ないゆえに、競争率はいろいろと低いです。ゆえに自分が相対的に優位だと思える環境が整いがちです。マクロな視点だと、日本も同様で、東大だ!といっても世界で40番くらいです。アジアでも4位以下です。

 

ちょっとキレイなだけで高飛車な人多いし。

それに比べて、東京はとてもキレイな人でも自分のレベルを知っているからか、性格もいい人が多い気がします。いや、多いです。地方だとキレイだと需要過多になるので、性格よくする必要もない気がします。

 

ちょっといいクルマ乗るだけで自慢になるし。

ステータスの判断基準がクルマだったりするので、年収とか学歴とかは地方では関係ないというのは上京同窓会あるあるだと思います。

 

ちょっといい学校出たからといって自分優秀だと思ってるし。

そもそもいい学校が地方には少ないことと、いい学校出た人は都会にいることが多いので、学歴無双になれる方が多いようです。

 

 

要は、自分よりすごい人がまわりに少ないから

 

それ自体を否定するわけではなくて、自分が相対的に優位に立てているのはごく限られたエリア、層だけであってそれさえも気づかないでいると、さっと大きいところに覆われてしまいますよ。ということが伝えたい趣旨です。

 

経済的な観点からいうと、もっと地方に競争力を持ってもらわないと(僕は)困るので、自身のポジションを過大評価してしまい、このままでいける!と勘違いされて、その後、逆転されてしまうストーリーを防ぎたいのです。

 

自分に自信が出始めたら、自分よりも優秀な人間を5人並べた方がいいと思います。それでも自分に自信が持てるのか、その道で自分はすごいのか。そんなこと考えると、驕る暇などないと思うんですよね。

 

自分に自信がなくなったら、自分よりも優秀でない人を並べて自分を安心させてあげるといいと思います。頑張れる人だけ頑張ればいいので。

 

予定執筆時間を過ぎたので、今日はここまで。

教育格差を是正したい僕がベンチャーベンチャービジネスビジネス言う理由

ここ数年、「教育」とか「ソーシャル」といった文脈で動いてきた僕ですが、今年からがっつり、ビジネスの世界に戻ります。

 

2年半ほど前、「お金持ちとそうでない家庭、都会と地方における教育格差を縮めたいんです!」といって大企業を辞め、教育系ベンチャー、地方のNPOと渡りました。そんな僕が「ベンチャー企業」とか「ビジネス」に関する記事をSNS上でシェアしまくっていたり、これからビジネスの領域に戻る理由を述べたいと思います。

 

その前に

 

まずこれから自論をペラペラと話す前に。僕はいろんなNPOの人や教育業界の人、学校の先生などと出会って思う事がありました。

それは「この人たちに任せれば、日本の教育の未来は暗くない」

日本の教育がどうとかこうとか言われる事もありますが、実際に僕が日本の教育に携わる人たちと出会い話す中で感じた事は彼らは強い情熱を持ち、優秀で具体的に行動しています。学校の先生とか本当に大変なのにすごいです。尊敬します。学生時代、反抗しまくってすいませんでした。正直、僕なんぞがドヤ顔で教育を変える!なんと言わずとも行動せずともベクトルはいい方向に向いていて、ベクトルの強さも強いと思います。なので、これからの僕の自論は既存の教育に携わる人をないがしろにする訳ではなく、そちらの領域は安心して任せられるので、僕はちがうところからアプローチしますという話です。

 

では、理由を述べます。

 

「教育」そのものよりも家庭環境を変えたい

言いたいことの参考情報はリンク先の記事の通りです。ログミーさんより古市さんに代弁してもらいます。

logmi.jp

端的にいうと、「親の意識」を変えたい。

僕の関心のあるのは、教育におけるボトムアップです。特に「勉強なんかしなくとも、なんとかなるや」という考えをなくしたいと考えています。(⬅︎肌感としてはなくなってきていますが)親の背中を見て子供は育つので、親ががんばらない、かつ、子供も頑張らなくてもいいとか考えている親の元だと、努力するきっかけを失います。じゃ親に対して子供を勉強させるようにアプローチさせればいいんじゃないかと思う方もいらっしゃると思うのですが、それ自体を活動にしてしまうと、どうしても意識が高かったり、ちゃんと危機意識を持つ親しか集まらなかったりするんです。僕がいた地方のNPOでは、1回数百円とか高くても千円ちょっととかのかなり安価で体験プログラムを小学生に休日をつかって提供しています。僕も実際にトランプゲームを教えたり、サポート役で受付とかよくやってたりしたんですけど、そんな安価なプログラムでも集まる親御さんの姿をみるとかなりちゃんとしているんです。そして「子供には色々な体験をさせたい」といった意思のある親御さんばかりです。なので、いくら良質な教育コンテンツを作っても最初に届くのはちゃんとした親のお子さんで僕が届けたい層には届かないなー。と思ったのです。

 

「子供に勉強させなさい」と半強制的にいえる立場になりたい

政治家になって「勉強が必要だ!」と叫んだって、学校の先生になって「子供に勉強させてください」と言ったって、それに必要性を感じていない親からすれば、「は?余計なお世話だよ」という話ですし、そんな事言うなら、塾代ください、どうやって勉強すればいいかもっと教えてくださいという話になるかと思います。もしくはそんな事言われても、塾代は稼げないし、どうしようみたいな。そして、親御さんにこんな事言える立場の人ってその親の「雇い主」しかいないなというのが僕の着眼点です。個人の力でバリバリ稼げる親であれば、その背中を子供が見ると思うので問題ないのですが、そこまで能動的に物事を考えずに雇われたい人、まずは生活のために勤めなければいけない人が僕のターゲットです。

 

そして、代替可能な付加価値の低い事業だと、そんな事いっても従業員やパートさんに払える給与も福利厚生も余裕が生まれてこないので、代替が難しい付加価値の高い事業を作り、そこで生まれた雇用と利益を通じて、「業務命令として、子供に勉強させなさい!塾代は出すから!」といった極めて日本的な経営をしたい、しなければいけないとうのが僕がビジネスに戻る理由です。

 

そして、新しいビジネスが生まれにくい地方でやる事によって、人材や情報の流れをよくしたいというのもあります。

 

よかったら、これも読んでみてください。

www.buzzfeed.com

 

純粋にビジネスを作るのが楽しい

いろんな経験をしたい、想像できない環境に身をおきたいと思い、何を間違えてか、ベンチャー畑に身を投じてしまった僕ですが、そこで気づいたのが事業を作るのはめちゃめちゃ面白いという事でした。教育系のベンチャーでは新規事業の立ち上げだけ携わらせてもらったというかやらせてもらったのですが、めちゃめちゃ面白い。事業自体はあまりうまくいかなかったのですが、それでも競合の動向を予測したりしながら、あの手この手を考えて、そこにユーザーの反応する姿があってと。毎日が本当に楽しかったです。それも少人数だったので考えなければいけない領域が広く、競合、ユーザーなどなどと学生時代は競争戦略の授業なんかはとっていたのですが、こういう事かと。これはNPO時も一緒でコワーキングスペースの運営とかをやっていたりしたので、値付けとか広告の出す場所で結果がちがい、自分が描いたコミュニケーションデザイン通りに客が入り、客のニーズがなくなると去っていくと。どちらの組織も途中合流だったりしたので、本当の川上からは設計できずに苦い思いをしたりもしたのですが、これは面白いなと。自分で絵を描いて、その通りにお客さんが動いて物を買ってくれて、リピーターになってくれる。ずっと、B to B畑だった事もあり、特にこのB to Cの結果が見えるのが面白い。今度は自分で0からやろう。というのが2つ目の理由です。

 

まとまったお金がほしい

ポジティブな話を続けるものの、ベンチャーは大なり小なり色々あるので、(留学した後に)次は大きめのところに入って2〜3年は腰をすえようかなと思っていたのですが、大きめの組織にいながら、なかなかの給料をもらってコツコツ奨学金とか◯◯とか◯◯の支払いをしたり(あ、全然やましいものじゃないですよ。僕、倹約家だし)与えられる仕事に不満漏らすよりも、しっかりと自分のアイデアで勝負して、Exitしてお金ほしいと思いました。むしろ年収1千うん百万円の生活とかいらないし、そんなの求めてたら会社残ってるし、想像できる世界だから興味ないし、みたいなところで金銭的な報酬に関してはあります。(留学を取りやめた理由はまた改めて)

 

ただ、僕はお金儲けがしたいというよりも自分のアイデアを通じて世界を少しでも変えたいと思う派ですし、お金儲けだけ狙うのよりも、ビジネスを通じて世界を変える方が難しいけど、それができたらめちゃかっこいいので、そんなんいけんの?できたらおもろいけどみたいなビジネスで勝負したいです。達成難易度を求める故に、成功確度や市場とかを鑑みなかったのがここ数年の反省なので、競争の戦略とか読み返しながら、自分でも勝てるビジネスでいこうと思います。

 

という事で、まとめると

 

・親の雇い主になって「教育」へアプローチしたい。

・新しくビジネスを作るのが楽しい

・金銭的報酬はまとまったお金がほしい

 

こんな理由でビジネスの世界に戻ります。具体的に何をするかを明かさないのは戦略的理由なので、そっとしておいてください。そして、事業ローンチのタイミングになったらSNSとかでシェアしてもらえるとありがたいです。SNSの力は偉大なので。

あと、手伝ってくれたりする仲間がこれから必要になってくるので、興味がある方は個別に連絡ください!直接面識ない方はどなたか共通の友人を通じてご連絡頂けると助かります。

 

という事で今年もよろしくお願いいたします。

地方のNPOを選んだ理由

たくさんの人から、「なぜ、群馬戻ってきたの?」「よく、そこ選んだね」と言われることが多かったので、なぜ僕が地方のNPOを選んだかの理由をつらつらと述べたいと思います。

 

NPOで働いてみたかった

元々、広告代理店を辞めた後は、地方のNPOに転職する予定でした。会社の人には「NPOいきます!」って言って退職の挨拶をして、最終出社日には「東京でデジタル×教育してみます!」と言って東京のベンチャーに転職したわけですが。(その話はまたおいおい)

 

広告代理店を辞めたあとは2〜3年、ソーシャルな世界で働いてみて、その後留学して、国連、官僚とかシンクタンクとかそっち方面に進もうと思っていました。だったら、新卒からそういう方面いけよという話ですが、経済的な事情から給与が若い時期からグッドなところに勤めなければいけないという事と、マスコミに興味があったという理由で広告代理店に入ったのですが、関心はずっとパブリック・ソーシャルセクターでした。(なので、行政寄りの商材を扱えたのはすごくよかったです)

 

実際に転職するきっかけとなったのも、NPOで人生かけていろいろな活動をする人たちに出会ったことです。

 

なぜ、元々パブリックやソーシャルに興味があったかは、なぜ焼肉が好きかを聞くようなものなので、いったん今日は考えずに言語化しないでおきます。

 

というわけで元々NPOで働くことに興味があったというのが理由です。

 

(本当はもっとていねいに事細かく書きたいんですけど、時間かかり過ぎてしまうので、いろいろはしょります)

 

1〜2年したら留学する予定だった

お気づきの方は「留学する予定だった」と過去形になっているところに着目されるかもしれませんが、それはまたおいおい。

 

大きい会社から小さい会社に転職後、いろんな方からリスク取るよねーとか、大丈夫なの?とか心配されていましたが、前に少し述べたように、転職後、2〜3年で留学する予定でした。嘘がつけない僕はあらかじめそれを伝えた上で東京のベンチャーに入れてもらい、群馬のNPOに関しても同じでした。転職活動された事がある方ならわかるとは思いますが、これから入る会社に「2〜3年したら辞めます!」と言って「OK!」と言ってくれるところって少ないですよね。新卒時も正直ものな僕は、入社後3〜5年したら会社休むか辞めて進学したいと言って就活してました。結果、事細かくキャリアプランを聞かれなかった会社と意志を尊重してくれる会社から内定もらいました。

 

というのと、どうせ留学してキャリアやり直せるし、個人の経験・成長にフォーカスしようという甘い?考えもありました。

 

財務も盤石でないので、1〜2年で辞めてOK、むしろそうしてもらった方が安心みたいのがもう一つの理由です。

 

群馬で何ができるか知りたかった

ざっくり地域活性化的なことをやっているNPOだったので、僕が「まちづくり」とか「地域をよくしたい」とか考えていると勘違いされている方が多くいらっしゃいましたが、抽象的なことが嫌いな僕はそういうふんわりしたものには興味があまりありません。いや、大事だとは思うのですが、僕がやらなければいけないことからすると優先度が低いんです。

 

で、何を知りたかったかというと、

 

①イケてる企業はどこか

②何のインダストリーで地元は勝負できるか

③留学→コンサルとかファンドで修行後、僕は誰と話せばいいか

 

この3つです。情報を収集するだけであれば、わざわざ地方のNPOで働かずともできますが、実際に行動を起こす時に誰と話すと物事が進むのか、僕との相性がいいかなどは何回か話したり、お仕事しないとわかりません。

 

これはNPOで働きだした直後にアメリカのビジネススクールに訪問して頂いたアイデアなのですが、留学後はどこかに勤めながらサーチファンドの準備をしようとしていました。

jp.wsj.com

 

MBA留学を検討していたので、留学先の学校訪問で、

 

「地元にビックカンパニーを作りたい」

「今ある企業をビックカンパニーにしたい」

「海外からビックカンパニーを誘致したい」

 

そうするためにはどうすればいいでしょう!?と聞いた結果、「君はサーチファンドとかするといいんじゃない?地元企業の特徴も知っているわけだし」ということで、留学後にこれをする前提で、NPOでのいろんな活動をしていたわけであります。

 

留学候補先でサーチファンドを教える教授と電話でやりとりしながら、具体的なアクションとか注意点も教わったりしてました。

 

 

 

他にも理由はあるのですが、予定執筆時間を過ぎたので今日はここまで。

 

 

 

 

支社勤務を希望した理由

最近、僕に無関心な親にさえも「あんたは何を考えているかわからない」と言われるようになってきたので、自分の意思決定の理由やプロセスをブログにのせられる範囲でのせていきたいと思います。

 

今日は新卒時の話。

僕は新卒で広告代理店に入りました。

 

それはそれは大きい会社で、東京本社、関西支社、中部支社、その他もろもろとあります。中部支社はいわゆる名古屋支社です。

 

新卒で入社後、1〜2ヶ月くらいの研修を経て、その研修期間中に適性をみられ、そして各個人の希望との兼ね合いをみて?各部署に配属されます。

 

8割強ほどが東京本社、1割が関西支社、もっと少ない割合で中部支社に新入社員は配属されます。(今は知りません)

 

出身が関西や名古屋でない限り、ほとんどの人が東京本社への配属を希望します。大きい案件は本社案件であることがほとんどというか全部?くらいですし、東京ライフをエンジョイできるしと、まぁふつーは東京本社希望を出しますよね。ほとんどの人はそこで働いているわけですし。

 

ぼくは東京生まれで、小学校〜高校が群馬県で、東京生まれの自負があり、小さい頃からなんで自分が群馬に引っ越さないといけないんだと思っていました。家の周りとか登下校の道は動物の堆肥の匂いがすごいし。そして、勉強は好きだったのと幼稚園の同級生がどこどこの進学校に行ったみたいのを聞いていたので、少年野球やって変に野球を頑張っていなければ、中学から都内の進学校にいきたいとか思っていました。結局、高校までは群馬県で過ごし、大学はもちろん都内の大学にと思ったのですが、幸か不幸か関西の大学に進学しました。

 

大学時代の話は置いておいて、そんな経緯があったので、絶対に社会人からは東京で働く!と思って、東京勤務の会社しか就活しなかったのですが、いざ東京で働く、厳密にいうと研修を東京で過ごしてみると、

 

・電車通勤がつらい(今までは自転車か原チャ)

・実家での生活は息苦しい(家族が東京に戻ってきていた)

 

というのが生活的要因としてあり、

 

・いい会社に入れて、満足している自分がいる(なんだかんだ、待望の東京生活を手に入れたので)

 

というのもありました。

 

そりゃ調子にのりますよ。片田舎から住む世界を変えたい、貧乏いやだ!と思って、ガリガリ勉強して、いい大学入って、学生生活を充実させていい会社入るために、楕円を放り投げたり、肩抜けたりして手にした世界ですもん。

 

上記のような理由に加えて、広告のここの領域は任せておけ!的なキャリアよりも全般的になんでもわかるようになりたいという思いが強かったので、本社で段階的に仕事の裁量が広がるよりも、支社で早い時期から大きな裁量を持って働きたいと思っていました。大きい企業にいる方ならわかると思いますが、どうしても大きい組織だと歯車的な働き方になってしまうので。

 

当時、というか今もだと思うんですけど、中部支社出身の有名プランナーの方が中部支社の良さを研修の座学で話してくれたり、OJT研修先の上長が中部支社出身で、若い頃からいろんな経験を積めたという話を聞き、これは中部支社だ!と思っていました。

 

なぜ、関西支社ではなかったのかって?それは、大学時代に関西一通り見れたのと、名古屋は住んだことがなかったから。あとは大学時代があまりにも辛かったので、関西での日々を思い出したくなかった(部活動です)。といったのが理由です。

 

そんなこんなで、中部支社を第一志望にして、見事、名古屋に配属されました。

 

何より、3〜5年したら本社に戻れると思っていたという理由もありますが。

 

3〜5年で本社に戻れるという勝手な勘違いが発覚したのが、名古屋に配属されて、同期と一部の先輩との名古屋歓迎会の席で、ベラベラと理想のキャリアとかやってみたい仕事を自己紹介がてら、

 

「早めから裁量をもっていろんな仕事がしたいと思い、中部支社に希望を出しました!3〜5年、中部で経験した後に本社に戻った方が本社にずっといるよりも成長できると思うし」と先輩に話すと、、(ry

 

結論から話すと、もう少し長く名古屋で頑張らないと本社には戻れないとのことでした(^^)

 

今はだいぶ状況は変わって、早くに本社に戻れるようですが、そんなわけで名古屋に配属して頂きまして、

 

思い通り?かなーり裁量を持たせてもらい、いろいろ学ぶことができました。

 

メディアの部署で、主に電車の中吊りとか駅のポスターなどの交通広告を担当していたのですが、目と鼻の先に他メディアの部署、階段を一つとか二つ登り降りするだけで、クリエーティブやプランニング、営業さんの部署があったので、時間を見つけてはどんな仕事をしているかなどを聞いたり、教わったりしていました。

 

本社だと総務の部署に丸投げするような作業も自分でやったりしていたので、会計とか、その他もろもろの作業も覚えたと思います。営業も一回チャレンジできたかな(苦)あとは2年目くらいから9割以上の作業を協力会社さんに協力してもらいなが、一気通貫して自分一人でやっていたり、一人で全国の屋外、交通からルートメディアやバルーン広告とかいろんなのを扱えるようにはなりました。

 

おかげで転職後は、出版社で記事広告の商品作ったりと、名古屋での知見?経験?が活かされました。

 

結果、

電車通勤がつらい(今までは自転車か原チャ)

名古屋は東京ほど満員電車ではないし、電車使わなくても通えた。

 

実家での生活は息苦しい(家族が東京に戻ってきていた)

名古屋で一人暮らし

 

いい会社に入れて、満足している自分がいる(なんかだんだ、待望の東京生活を手に入れたので)

会社の同期以外、友達いないので、土日は自己研鑽するしかない

 

大きい組織だと歯車的な働き方

裁量大きく、いろいろ一人で任せてもらえた。

 

ということで、思惑通り、充実した支社生活を過ごせたのであります。

 

 

執筆予定時間を過ぎたので、今日はここまで。

 

 

 

 

 

 

2016年 一番の収穫

仕事が好きになりました。

 

仕事の内容が好きになったというよりも、これがきっかけです。

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所属していたNPOに助成頂いたトヨタ財団のプログラム、トヨタNPOカレッジ「カイケツ」に参加しました。

 

ざっくりいうと、トヨタの問題解決を学ぶというものです。

 

元々、問題解決本などはかなり読んでいた方で、思考力とか仮説検証力?論理的思考力などは意識していた方だとは思いますが、6回にわたり名古屋まで通わせてもらったこのプログラムによって、更にというか、かなり頭の中アプデされました。

 

トヨタ自動車に勤める友達がフィッシュボーン?的なのを書いて、要因解析をしたりしているのを見たことはあって興味はあったのですが、具体的な方法が簡潔に書かれた本が見つからずだったので、トヨタ式問題解決を実際に習う良いきっかけをもらうことができました。

 

なぜ、仕事が好きになったかというと、全ての事業、作業、その他細々としたことにはカイゼンの余地があり、そのカイゼンの余地が何なのか、仮説をたて、検証し、検証してはチェックし、一番のカイゼン箇所を見つけるという思考プロセスを手に入れたからです。

 

なんで今◯◯は△△なんだろうと疑問をたて、なぜを5回繰り返し、要因を出して、試してみる。その結果を検証する。

 

明日は何を試そう、結果検証の後、次にはどんな「カイゼンの余地=課題」が出てくるんだろう。それに対してどんなアプローチができるんだろう。これが日常に加わったので、単純作業においても、なぜ今これだけの時間がかかるのだろう。手を動かす動線が悪いのか、時間帯が悪いのかというのを自己分析しながら行う。自己分析の結果、課題が見つかれば、そこに対して考えうるアプローチを出し尽くし、優先順位を決め、、、というサイクルが生まれたのが仕事・作業を好きになったきっかけです。

 

と考えていたら、本当にそうなのか?という疑問が湧き始めたのですが、もしかしたら、ちがう要因があるかもしれません。

 

今日はここまで。

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